カテゴリ:中山道編( 2 )

2017年 06月 09日
中山道ウォーキング 二日目(馬籠峠~馬籠宿~落合宿~中津川駅)
 中山道ウォーキングの二日目は、昨日のゴール地点・馬籠峠から馬籠宿~落合宿を通り中津川駅まで、標高差500mの下りのコースだ。
 ただし、落合宿から中津川にかけてのきつい登り坂は短い距離ではあったが、堪えた。
中津川駅にゴールしたあと、恵那峡近くの「山菜園」で昼食をとり恵那峡温泉・簡保の宿で入浴し、帰路についた。

 《二日目のルート》
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      ホテル木曽路の夜明け。 今日も雲一つないいい天気だ。
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      予定より30分早めてホテル前を出発する。
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      昨日のゴール地点・馬籠峠で下車し、スタート                8:15
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      R7号線をスタートしてすぐ右の折れ、木漏れ日のなかを下る。
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      坂を下ってすぐに峠の集落があるが、おばあちゃんとあいさつを交わす。
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      ツツジやアヤメが咲く峠の集落を通る。
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      峠の集落を抜け急な坂道を下ると十返舎一九の句碑がある。
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      ・・・渋皮のむけし女は見えねども 栗のこはめしここ乃名物・・・
      江戸後期の大衆作家・浮世絵師である十辺舎一九は1811年(文化8年)に中山道を旅して
     「木曽街道膝栗毛」を書いたが、何ともユーモアのある一句だ。
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      途中、サルの群れに出会うが、民家の屋根の上からも歓迎?
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      R7号線を横切り、石畳の梨の木坂をくだる。
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      馬籠宿の手前にある展望台への登り坂(陣馬坂)。
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      馬籠宿展望広場に出る。                            8:45
      ここは、小牧長久手の戦いの時、徳川勢が馬籠城を攻めるためここに陣を敷いた場所で「陣馬」と
      言われている。
      長野県側にあった馬籠宿は平成17年、岐阜県中津川市と合併した記念して展望台が造られた。
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      ここから木曽山脈(中央アルプス)の最南端、標高2,191 mの恵那山が眺望できる。
      山である。日本百名山及び新・花の百名山にも選定されている。
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      さらに馬籠宿のほか落合方面も眺望できる。
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      馬籠宿の東側入り口                            8:55
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      文豪「島崎藤村」ゆかりの馬籠宿は木曽路の一番南の宿場で、山の尾根にできた宿場で、斜面に石垣を
      築いて造られている。
      妻籠宿同様に鉄道や幹線道路から取り残されて寂れていたが、明治28年、大正4年と2度にわたって大火
      に遭い、宿場時代の建物はほとんど焼失してしまった。
      しかし島崎藤村の生地でもあり、小説「夜明け前」の舞台であったので脚光を浴びるようになり、古い佇まい
      が復元され観光地としてにぎわっている。
      景観の整備が図られ、電柱はみえない。お土産やさんや飲食店が多い。
       本陣1 脇本陣1 旅籠18
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      脇本陣史料館
      脇本陣蜂谷家跡に建つ資料館だが、午前9時前はまだ開いていない。
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      大黒屋
      明治までは造り酒屋、10代目大脇兵右衛門信興は44年にわたり「大黒屋日記」を書き続けた。
      藤村の「夜明け前」の創作資料となった。藤村の初恋のおゆふさんの生家でもある。
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      馬籠本陣跡・藤村記念館
      島崎家が務めた旧本陣は藤村の生家。その本陣跡に藤村記念館が建っている。
      中には藤村像や年譜等が展示され、大火で焼け残った隠居所、藤村の原稿や蔵書など展示されている。
      ここは既に開館しており、何人かは入館された。
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      馬籠宿の街並み
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      西の枡形
      大きな水車が回っており、馬籠宿水車発電1号機だ。
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      升形を過ぎると馬籠宿は終わり、R7号線の道路角に石柱が建っている。     9:20
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      宿を後に落合宿に向かうが、通る人もなく静かな下り坂の農村風景が続く。
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      左側には棚田と恵那山系の山並みがみえる。
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      さらに進むと、左手に「諏訪神社」があったが、長い参道が続くので寄らず入口にある島崎正樹顕彰碑
      をみる。
      島崎正樹は藤村の父親で馬籠宿本陣当主であり、小説「夜明け前」主人公青山半蔵のモデルとなった人。
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      正岡規の句碑                                9:40
      ・・・桑の実の木曽路出づれば穂麦かな・・・
      正岡子規が明治22年に松山に帰郷の折り、木曽路を越えたが、その時に詠んだ句とか。
      ここはサンセットポイントらしい。遠くに落合や中津川の平地が見渡せる。
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      ゴール地点の中津川の街を見ながら下る。
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      新茶屋に着く。トイレもあり、一休み。
      ここは信濃と美濃の国境で「芭蕉の句碑」のほか、一里塚もある。
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      「是より北 木曽路」の碑
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      十曲峠・落合の石畳                            10:00
      ここから約1kmに渡り石畳みの下り坂となる。
      昔のままに「石畳道」も史跡として残っているが、復元された石畳道も混在する。
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      医王寺
      ながい石畳を終えると左手に医王寺が見えてくる。これが三河の鳳来寺、御嵩の願興寺とともに
      日本三大薬師の一つと言われている。
      古来より虫封じの薬師として広く信仰を集め、山中薬師ともいう。
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      医王寺を出ると再び下り坂となるが、かなりの急坂でポールで体を支えながら下るが、膝に負担が
      かかる。逆コースではかなりきつい登りのコースだ。
      そこを下りて行くと「落合川」に架かる「下桁橋」があり、渡って落合宿へ向かう。
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      落合宿高札場を過ぎR7号線を渡ると、上町の常夜燈が建っている。ここから落合宿の街並みに入る。

      落合宿
      落合宿は小さな宿で、長さは約400m程。文化2年(1804年)、同12年(1815)の二度の
      大火で宿内ほとんど焼失してしまった。
      現在はあまり多くの古い町家を残しておらず、宿の中ほどにある本陣井口家や脇本陣がある。
       本陣1 脇本陣1 旅籠14
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      脇本陣(塚田家)
      建物は新しく住居として住まわれているようだ。ただ案内標柱が立っている。
      ここは本陣と共に問屋を兼ねていた。
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      本陣(井口家)                               10:20
      「明治天皇落合御休止所」の碑が立っている。
      建物は文化12年の大火に見舞われ、その後に再建された。表門は火事見舞として加賀藩から贈られた
      もので、そのまま残っている。現在は住宅として使用され公開されていないようだ。
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      「門冠松」、別名「路上の松」とも言う。
      落合宿はここで終わり、松の所で左折し、中津川塾に向かう。
      松の幹に「頭上注意」と朱書きされて景観を損ねているが、それほど大型トラック等で被害があるのだろう。
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      「向坂」という急坂を登り国道に出て陸橋「おがらん橋」を渡り「落合五郎の城跡」にでる。
      そこから再び国道の地下道をくぐり与坂にでるが、これが大変な急坂で下り坂になれた足に堪えた。
      途中で一休みしながら登った。
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      上り詰めたところに「与坂立場」の茶屋跡があり、今度は急坂を下りさらに進むと「子野の一里塚」
      の標柱が見える。                             10:50
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      ここからアップダウンを繰り返し、国道を地下道でくぐり、ベージュ色の舗装道路を行くと、
      「尾州白木改番所跡」に着く。ここで木曽檜の流出を見張り、領外への搬出を厳しく取り締まっていた。
                                           11:10
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      番所跡から少し先に「旭が丘公園」があり、全員が揃うまで小休憩。
      ここから少し下って国道に架かる歩道橋を渡ると中津川宿の入り口となる。
      歩道橋の下に「高札場」がある。
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      ここから中津川の市街地となり、新町の交差点で右折して中山道と別れ中津川駅に向かった。
      正面に見えるのが中津川駅だ。
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      中津川駅にゴール。                            11:30
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     スタート時間を30分早めたり、下りのコースで歩く時間も早かったりしたため、予定より1時間早く
     ゴールできた。ここからお迎えのバスに乗りランチ予定場所の「恵那峡・山菜園」へ向かう。

     ドライブイン「恵那峡・山菜園」に着く。
 
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      入り口に歓迎の看板があった。
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      予約時間も早めた連絡も済ませていたので、すぐに食べることができた。
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      メニューは「恵那鶏牛スキランチ」 安くておいしかった~!
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      満腹になったところで、ここから10分程度の恵那峡にある「かんぽの宿」に向かった。
      恵那峡温泉・かんぽの宿
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      温泉で入浴&休憩を1時間20分とり、帰路についた。
      温泉からの眺め  恵那峡(木曽川)のほか、恵那峡ワンダーランド、遠くに南駒ヶ岳が見えた。
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      二日間にわたる中山道ウォーキング、大変お疲れさまでした。
      なお、2か所で撮った集合写真や顔写真が写ったスナップ写真は近々、期間限定で投稿します。
      肖像権のこともあり、期間が過ぎれば早々に削除します。
      




         




      


      


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by pckuri | 2017-06-09 19:00 | 中山道編 | Comments(0)
2017年 06月 07日
中山道ウォーキング 初日(南木曽駅~妻籠城跡~妻籠宿~馬籠峠)
 ウォーキング冒険塾の県外特別編で、中山道(南木曽駅~妻籠宿~馬籠宿~落合宿~中津川駅)を2日間の日程で歩いてきました。
 初日(6月4日)富山駅北からチャーターしたバスで出発し、新富バスセンターにも寄りスタート地点の南木曽駅に向かった。
朝から雨が降り、富山県境を越えるころまで時々、車窓に雨があたり不安定な空模様であったが、南木曽はスッキリとした青空で初夏を思わせる天気になった。
予定していた時間より30分遅れで南木曽駅をスタートし、江戸から42番目の妻籠宿を目指し木曽路を歩いた。途中、妻籠城跡にも寄り城跡展望広場から山また山に囲まれた妻籠宿を見下ろすことができた。
妻籠宿は国の重要伝統建造物保存地区の第1号に選定されただけあって、街並みは江戸時代にタイムスリップしたように感じられ情緒いっぱいの宿場町だった。
妻籠宿からさらに大妻籠集落を通り、一旦、中山道を離れ男滝・女滝にも寄り7号線に出て再び中山道を登る。
倉科祖霊社辺りから一石栃白木番所跡に出て、きつい登りをこなすと初日のゴール先・馬籠峠に出る。ここからチャーターしたバスで南木曽温泉郷の「ホテル木曽路」に向かった。

  1.参加者:46名
  2.歩いた距離・時間:12km 3時間20分
  4.ウオーキングルート
            《全体図》
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            《標高差》
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      《初日のルート》
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  5.実績行程は写真&コメント欄で表示する。

  6.写真&コメント
     南木曽駅には大型バスが入れないため、R19号線沿いのコンビニ駐車場で下車する。
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     予想外の場所からのスタートとなり、コンビニは駅の手前と聞いたので逆方向に歩き始めてしまった。
     さらに行きどまりの道に進んだりとスタート早々、トラブってしまった。
     一旦、線路敷に入りホームを確かめ、逆方向の場所にいることが分かり、駅を目指し南に進みようやく
     南木曽駅に到着する。(この間、10分くらいのロスが出る)

     南木曽駅(なぎそ駅と読む)
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     気を取り直して記念の集合写真を撮った後、正式に駅前をスタートする。     12:40
     線路沿いに歩き始めるとすぐにSRがある広場に出るが道なりに進む。
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     さらに三叉路の左側の道を登ってゆく。
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     神戸(こうど)集落を過ぎると、義仲が弓を引くのに邪魔になるため巴御前が振袖を振って倒したと
     言われる「ふりそで松」や木曽義仲ゆかりの「かぶと観音」や「腰掛石」が深い緑に包まれた境内にあった。
     かぶと観音は、義仲が平家追討のため北陸道から上京するとき、木曾谷の南の押さえとして妻籠城を築き、
     その鬼門にあたるこの神戸の地に祠を建てたが、その際、兜の中におさめていた八幡座の観音像を安全祈願
     のために祭った。」といわれています。
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      ここから神戸沢を渡り合戸立場跡を進み、緩い上り坂を登ってゆくと78番目の一里塚「上久保一里塚」に
      さしかかる。
      街道はヒノキ林の鬱蒼とした森が続き、林間を通る涼風が心地よい。
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      趣ある石畳の道を辿って行くと、中山道で名石の一つと言われている蛇石が街道の脇に現れます。
      どう見ても蛇のようには見えない石だが‥‥
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      蛇石を過ぎるて間もなく廃墟になった「城山茶屋」があり、二股になった分岐にさしかかる。その分岐点
      には「妻籠城跡」の石碑が置かれている。
      分岐点で全員が揃うまで小休憩。                       13:15
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      ここから「妻籠城跡」への上り坂を10分程度登ると、城跡の広場に出る。
      妻籠城の見取り図
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      登ってゆくと 土塁や堀切、帯曲輪など残されているので城跡巡りが好きなマニアにはたまらないかも。         城跡広場は開けて遠くに妻籠宿が一望できた。
      妻籠城は、豊臣秀吉と徳川家康が小牧・長久手の戦いで対立したとき、秀吉方の木曾義昌が建てたもので、
      その時、家康の軍に攻められたが落城しなかった堅城である。
      また、関が原の戦いに於いて、徳川秀忠が戦いには間に合わず、ここ妻籠城でその勝利を知らされたとさ
      れる場所でもある。                             13:30      
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      城跡から下り再び街道を進むと、左側に「鯉岩」がある。
      明治24年(1891)の濃尾地震で頭の部分が崩れ落ちてしまったとか。
      その昔、水面から飛び出した鯉の形のようだったそうですが、蛇石同様に鯉には見えません。
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      「鯉岩」を過ぎると「口止め番所跡」がある。
      口留番所とは宿場が開設された当初は住人がいないため、各所から人が集められたらようです。
      集められた住民が逃げないよう監視する役目を担っていた。

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      さらに50m位進むと「高札場」がある。                   13;50
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      いよいよ「妻籠宿」に入りました。

      妻籠宿は中山道と飯田街道の分岐点に位置し、古くから交通の要所として栄えた。
      明治以後、国道、鉄道が通らなくなったこともあり妻籠宿は発展から取り残され、衰退の一途をたどる
      こととなった。
      しかし逆に江戸時代の宿場の姿を色濃く残している町並みが見直され、町並み保存運動が起こり、国の
      重要伝統建造物保存地区第1号に選定される。
      町並みは、江戸時代にタイムスリップした感じで、どれも当時の面影を残た情緒いっぱいの宿場町が続い
      ている。
      本陣 1 脇本陣跡 1 旅籠 31 全長約800m

      町並みをゆっくり散策する。
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      外国人にも人気があるようでウォーキング中、たくさん見かけた。
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      脇本陣 奥谷家
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      老夫婦が店先で折り紙を折っておられた。
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      妻籠本陣
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      観光案内所前で全員が揃うのを待つ                     14:20
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      妻籠宿の升形付近
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      妻籠宿寺下 三度笠をかぶれば江戸時代にタイムスリップしそう。
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      風情があるね~。
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      妻籠を後にし大妻籠への石畳の階段
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      R7号線と接するところに大妻籠の看板がある                 14:30
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      大妻籠に入った。
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      檜林に囲まれた九十九折の登り坂
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      長閑な棚田の縁を歩く
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      一時、中山道を外れ、男垂川沿いに男滝・女滝に寄る。            15:00
      ここは吉川英治の「宮本武蔵」での舞台となった場所でもある。
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      女滝
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      滝のある場所から一旦、階段を上り県道に出る。
      やがて、男垂川に架かる木の橋を渡り樹林の中を歩くが、川の瀬音が心地よい。
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      馬籠峠への登り初めの所に石の墓標がある。
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      峠への石畳の登りはきつい
      この先チョット言ったところで分かって引き返す。
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      白木改番所跡
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      一石栃白木栃立場茶屋跡
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      県道に接するところに峠の茶屋がある。                   16:00
      ここが初日のゴール地点で、お迎えのバスでホテルに直行する。

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      ホテルに到着、ロビーで説明を聞く
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       二日目につづく・・・・・

      





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by pckuri | 2017-06-07 09:01 | 中山道編 | Comments(4)